自然の恵みは本当に「タダ」なのか 昭和的経営が見逃してきたリスク

自然資本リスク

2019.3.15

自然の恵みは本当に「タダ」なのか 昭和的経営が見逃してきたリスク

水、風、土、森。私たち人間は、こうした自然の恵みに囲まれて生きている。今、この恵みについての認識を変えようという動きが、グローバル企業を中心に活発化してきている。自然の恵みを企業活動に不可欠な資本と捉える「自然資本」という考え方が広がり出したからだ。自然の恵みを無尽蔵に使いこむと、実際の経済活動に思わぬしっぺ返しを食らう。自然の恵みの損失が経済活動に直接的に与える影響とは、どのようなことがあるのだろうか。 


「本当に地球が危ない」。世界の研究者が認識する危機的状況とは?

「“昔のアメ車のようにガソリンを沢山使ってガンガン力強く進むのがカッコいい”という考え方から、“電気自動車のように走っても空気を汚さないのがスマート”というようにビジネスモデルを変えなければならない」と話すのはMS&ADインターリスク総研の原口真氏。モノやサービスを効率よく大量に作り、安く売ることでお金を生む経済活動から、社会との共通価値を生み出すビジネスを考える時代へと移行しはじめていると説明する。

「欧米の企業の中にはサプライチェーンの最上流まで自然資本への影響と依存を分析し、対策を始めているところがあります。日本企業はやや出遅れ感が否めません」。自然の恵みの損失が経済活動にもたらす影響は大きく、そこに気づいた企業がいち早くリスクマネジメントとして「自然資本」の考えを経営に導入してきたというのだ。

例えば森。農作物の半分は昆虫の助けで受粉されているというデータがある。農地開拓のために森林を伐採すれば、そこに住む昆虫はすみかを失い、結果として、農作物は十分な受粉に至らずに収穫にも影響が生じる。 
現在すでにビジネスリスクが表面化しはじめたのがパームヤシの問題だ。日本にはないパームヤシだが、実は私たちの暮らしの中でなくてはならないものとなっている。
それは、そこから採れる油だ。

環境NGOのWWF(世界自然保護基金)によれば、パームヤシから採れる油の利用はここ20から30年の間に急激に拡大、日本でも、パーム油の消費量は菜種油に次いで2番目に多くなっているという。マーガリンやインスタントラーメンを作る際に使う揚げ油など、多くの商品に使われており、生活に欠かせない原材料の一つとなっているのだが、原材料表示には「植物油」としか表記されないことが多いため、消費者には見えにくい。

世界のパーム油の生産量の推移と用途内訳 世界のパーム油の生産量の推移と用途内訳

パーム油の原料となるパームヤシはその85%がインドネシアとマレーシアで栽培されている。大きな収入源になっているため、これまでは大規模なプランテーション農園とともに近くにパーム油を搾る工場が作られてきた。売れる物を売れるだけどんどん作るとの考えで進められた大規模なパームヤシ農園開拓により、熱帯雨林が伐採され、希少な野生生物や昆虫たちが絶滅の危機に瀕している。

また、こうした大規模農園の中には劣悪な労働環境を強いるところもあるため、人権侵害や労働問題にまで発展している。NGOなどの調査によりこの状況が国際社会に認知されはじめると、欧州を中心にパーム油の不買運動が起こり、大きなビジネスリスクを生み出す結果となった。
環境破壊や人権侵害を伴う原材料を使用する企業は消費者の批判を浴び、また商品をボイコットされないようにサプライチェーンを変更する必要が出てくるなど、関係企業は複数のリスクを抱えることになったのだ。

自然資本を守る取り組みは、CSRではなく経営戦略

では、パームヤシのような事例が、具体的にどのようなリスクを企業にもたらすのだろうか。例えば、無計画な伐採によって森林が減少し、その結果、木材価格の高騰が起こるといった直接的なリスクは分かりやすい。これは、すでにクロマグロやウナギといった水産物でも起こっている。原材料のほとんどをグローバルなサプライチェーンを通して入手している日本企業にとっては死活問題だ。原材料の価格高騰の原因は、直接的な資源の枯渇だけに留まらない。近年、環境意識の高まりを受け、さまざまな国で自然資源保護のための規制が強化されている。もし、使用している原材料が、調達国で規制の対象となれば、その量が不足するのは明らかだ。さらに、それらの規制動向を把握していなければ、関連法に適合せず罰金を課される恐れもあるだろう。

また、社会的な評判も、企業のリスクとなることを忘れてはならない。資源開発による直接的な環境破壊に批判が集まるのはもちろんだが、それによって、開発途上国の人々の暮らしに悪影響が及んだり、そこに生息する野生生物を絶滅の危機に追い込んだりした場合にも、NGOなどによる批判の対象となる可能性がある。このようなリスクは、インターネットによってグローバルな情報共有が容易になったことで、サプライチェーンのどの段階にある企業にも発生するようになってきている。
そして、軽視できないのが、世界的なESG投資拡大の流れだろう。環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)に配慮した企業経営は、持続性・安定性・健全性を備え、有望な投融資対象になるという考え方が世界的に広まりつつある。このような状況の中、自然資本リスクをないがしろにする企業からESG投資家が離れていってしまうのは、もはや必然と言えるだろう。

自然資本に関連するリスク

昭和のビジネスの終焉

「本当に地球が危ない」。世界の研究者が認識する危機的状況とは?

「昭和型のビジネスというのは、社会や環境の問題は基本的に行政が考えることで、経営者にその問題を考える責任は負わされてこなかった。資金さえあれば資源は自由に調達できたし、少々酷使してもへこたれない若い労働力も沢山あった。しかし、これを続けてきた結果、気候変動、自然環境破壊や社会の格差が拡大し、経営にも直接的に影響のあるリスク(気象災害の増加、資源の枯渇、保護主義の台頭、少子化による人手不足)が生じるようになっているのです。」

UNEP(国連環境計画;United Nations Environment Programme)が主導し、2010年に報告された「生態系と生物多様性の経済学(TEEB)」プロジェクトの最終報告書には、消費者による商品・サービスの購入、企業経営、政策立案など、ありとあらゆる意思決定の場面で自然からの恵みを将来的に受け続けることができるように配慮することが不可欠だという言葉が盛り込まれた。これを契機としてビジネスの世界で「自然資本」という用語が使われるようになった。2013年には、企業の統合報告のガイドラインである国際統合報告評議会(IIRC)の「国際統合報告フレームワーク」においても「自然資本」概念が導入されるなど、世界の「自然資本」に対する意識は確実に高まりを見せている。

国際的なサステナビリティの潮流にやや乗り遅れ気味の日本企業、力ずくで押し進む昭和のビジネスモデルを引きずる企業も少なくない中で、世界が注目する「自然資本」を考慮した21世紀型の経営にどこまで追いついていくことができるかが、今後の課題となりそうだ。

「本当に地球が危ない」。世界の研究者が認識する危機的状況とは?

プロフィール
原口真(はらぐち まこと)氏
MS&ADインターリスク総研株式会社 マネジメント第三部 環境・CSRグループ マネージャー・上席研究員
産学官公民金連携・特命共創プロデューサー
プラント・エンジニアリング企業勤務を経て、1996年三井住友海上火災保険株式会社に入社し、現職に出向。以下のテーマを担当し、数多くのオープン・イノベーション・プロジェクトに携わっている。

  • ESGリスクマネジメント(気候変動、自然資本、人権)
  • グリーンレジリエンス(自然資本を活用した防災・減災と地方創生・地域創生)
  • 都市と生物多様性に資する企業緑地の管理・活用およびその評価

参考文献

WWF
環境省 平成26年版 図で見る環境・循環型社会・生物多様性白書

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